『亜人』と電気工事士
「死ねば、わかる。」
桜井画門の『亜人』という作品をご存じだろうか。
『今際の国のアリス』と並んで、私が激推しする漫画の一つだ。
この作品は、死んでも生き返る亜人のいる世界が舞台となる。
主人公の永井圭は医学部志望の高校生で、勉強しながら歩いていたら、トラックにひかれて死亡するシーンから物語は始まる。
亜人かどうかは、死なないとわからない。
物語が続くということは、永井は亜人だということ。
そして、命にかかわる実験のための経済動物として亜人を監禁しようとする国からの逃走、同じく亜人でテロ行為を企てる佐藤との対立など、否が応でも渦中に身を投じることになる。
『亜人』は「光があった系」の傑作である
私は漫画を多く読んでいるわけではないが、『亜人』は傑作だと断言できる。
その魅力は語り切れないが,しいて挙げるとすれば
- 緻密な世界観
- キャラクターたちの人間味
- ストーリー構成と演出
中でも世界観の作りこみは異常なほどリアルだ。
私の友人に「光があった系作品」というジャンルを提唱している人間がいる。
旧約聖書の「光あれと言われた。すると、光があった。」から引用したネーミングで、『葬送のフリーレン』などがその一つだ。
作り手が描写したいものを表現するために創られた作品ではなく、作品の世界は実在していてその一部を描写しているような作品だ。
この記事では、電力会社で働いていた私の観点から、『亜人』の世界観の緻密さを語りたい。
「作戦は奇を以って良しとすべし」
物語中盤に、永井の相棒となる中野というキャラクターが登場する。 頭の回転が速く合理的な永井とは、真逆の性格で、バカで直情的。だけど人に好かれる。そして、彼は電気工事士である。
電気工事の知見を活かした作戦を3つ紹介する。
1. 酸素欠乏・硫化水素危険場所
建設業や電気工事業などでは、酸素濃度が18%未満あるいは硫化水素濃度10ppmを超えるような環境での作業に係わる従業員に対して、安全に作業を行うための特別教育を実施する。
酸素濃度18%未満あるいは硫化水素濃度10ppmを超えると、意識障害や粘膜刺激などの症状が現れる。さらに濃度が悪化すると即死に至る。
酸素欠乏症と硫化水素中毒は致死率が非常に高い(40%弱)ため、厳格な防止措置や教育が義務づけられている。
私も雇入教育の一環として特別教育を修了したのち、技能講習を受講して「酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者」の資格を取得した。
前置きが長くなったが、酸欠危険場所は意外と身近にある。
密閉された倉庫や冷蔵庫、マンホール、古井戸、あるいは、CO2消火設備。
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酸欠による無力化の策を中野に話しているシーン。
(永井はあらゆる医学の知識に精通している。医学部に入るための勉強だけでなく、医者になるための勉強をしてきたのだろう。)
『亜人』5巻 File:23より引用 -
サーバー室でボヤを起こして、CO2消火ガスによる酸欠状態をつくる奥山。 その場で見つけたシュレッダーに火をつけてボヤを起こす機転もカッコイイ、裏主人公。

『亜人』7巻 File:23より引用
2. 感電
三相3線式200V(400V?)の配線用遮断器NFBの二相をケーブルで引き出して短絡させている。 人体は20mA以上流れると死の危険があって、人体の抵抗値は5kΩくらいだから、5kΩ × 3 × 20mA = 300V以上、つまり交流400Vかな。
短絡するとほんとに火花(火柱?)が出るし、命の危険があるので気を付けてください。

『亜人』7巻 File:23より引用
3. 電柱の構造
佐藤は戦闘機で主要施設へ特攻、事前に切り落としておいた片腕をもとに再生して、再び特攻。という作戦を決行する。
やはり天才か…
対して、永井たちは、腕を奪取して何らか穴へ投入することで再生時の拘束を試みる。
しかし、周囲には適した穴が見つからない。永井は手に負えないため、中野に穴を見つけるよう切願する。
天才の永井ですら思いつかなかった、作戦の最後のピースは簡単には埋まるはずもない。
しかし、タイムリミット間近で、中野は電柱の存在に気づく。
電柱は軽量化のため中空状になっており、電気設備技術基準(通称、電技)で全長15m以下の場合は1/6を埋没するようになっている。
佐藤が復活しても、地中で完全に拘束できるのだ!
この後の「中野、さすがお前だ!!」って永井の台詞にカタルシスを覚えた。

『亜人』14巻 File:23より引用
なにはなくとも最後まで
以上、電気工事に係わる描写を取り上げた。いかにリアルか、分かってもらえただろうか。
素人考えだが、リアルへの深い理解が良い創作を生み出す。
現実には、同じ時間を生きてきたはずなのに絶対にかなわない、雲の上の天才がいる。
読者は、永井や佐藤を通して、その天才の思考と行動を垣間見ることができるのだ。
現実ですごい人やコトを目の当たりにしたときのような、読者の思考を圧倒する描写が立てつづけに起こる。
それは、創作者の妄想だけを反映したキャッチーな創作からは得られない経験だろう。
興味を持ってもらえたら是非読んでほしい。
読めば、わかる。